家族についてとか自分が何に傷ついてきたかとか日常的に何かしかの暴力にさらされて麻痺した挙げ句知らず知らず暴力を振るっていないか等ということを考えるのは大切だけど病むなぁ。
暴力の正体が掴めないままでは連鎖させてしまうし知りたいけれど、頑張って意識して思い出さないと出てこない部分がめちゃくちゃでかいし思い出したらそれはそれで頭がクラクラするくらいには封印しているのでとても疲れる。
虐待や解離性同一性障害等についてネットサーフィンして読み漁っていたら疲れてきた。
そういう残虐性のある事柄について見聞きするのは大丈夫な方なんだけど、自分と照らし合わせて思い出し始めると、読んだものに比べればそこまで残虐でない内容でもクラクラするのが不思議だ。
親や家族の普通の部分と異常な部分は別々に記憶されているから、普通の家族としての楽しかった事を楽しかったなぁとか、こんな風な環境で育ったのは贅沢だったなぁなんて事を考える頭と、無茶苦茶に傷ついて許せない、なぜ傷ついたのか分からない、傷ついた事にすらまだ気付けない、とかのぐちゃぐちゃの頭と2つあって、ぐちゃぐちゃの方は浮かんできたとき以外にあんまり突っつくと対処しきれない量のドロドロが出てくるから倒れててもいいときにしようね。
あれだな。アメリカみたいに実家に地下室とか無くて田舎とはいえ隣近所もそこそこ家が建っていて良かったな。