助けてとかさみしいとか言える相手がいないのは、ただただ心が引きこもりのままだからなんだろうと思う。
だれかだれかと心のなかで言葉にして、だれかってだれ?と自問する。本当は誰にだってちょっと寄りかかってみても良いのかもしれない。でもできなくなってしまった。
そのくらい、信じていた人愛していた人親のような人からの裏切りって重たい。
信頼しきって全体重を預けていたらある日支える手をパッと離して転んでビックリしているところを殴られて、死ぬかと思った。
私は心で心を殴られたわけだけど、あまりにも痛くて苦しくて、部分的に死んでしまった。今も生き返らない。
こんなに重たいものを一生持って生きていかなきゃいけないのかと絶望したし本当に死んでしまいたかったけど、大切な人のために死ねなかった。
その人のために寝たきりになってでも息だけはしていようと思った。誰も傷つけず、死なないために様々なスイッチをOFFにして半ば自分の意思で寝たきりになっていった。
生きるためにはそうするしかなかった。

重たいものを持ったままでも生きていける日がくるもんだなと思う日もあれば、やっぱり重たいなぁってまたなんとかやってける日が戻ってくるのを何とか信じて暮らす日もある。
今は後者で、ずっと体が緊張してなにかに怯えている。心はどこにあるんだろう。

眠れないからって薬を飲むけど、眠れると今度午前中は薬効が抜けなくてほとんど寝て過ごしてしまったり、起きていられてもだるかったりする。
でも薬が抜けるとまた緊張が強くなり、自分の体が自分の体でないような感覚におそわれる。離人感というらしい。
こういうときは記憶が曖昧になったり、大丈夫な日の自分の気持ちが思い出せなくなったり、フラッシュバックして嫌な記憶や感覚に支配されたりする。

「◯◯ちゃんのいうことなら聞くから言ってきて」小さい頃から何万回も聞いた主に母からのセリフ。伝達を頼まれた相手は気難しい父、機嫌を損ねれば長い。子供の私の力量で向こう3ヶ月くらいの家庭内の雰囲気が左右される。悪ければ自分や誰かが殴られたりものが壊されたり捨てられたりする。怒鳴られたり気分で何時間か説教されて反省しろって何時間も正座させられるかもしれない。時々急に帰ってこなくなったりもする。そんな重圧を私一人に背負わせてきたの気付いてないでしょ。

はぁ、もう今は目の前に居もしないのに、疲れるなぁ。
きっと自然に抜けだせるから、大丈夫だから、ってまた信じるしかない。
でもつらいのは嫌いだし、子供はかわいくて手のかかる時期だし、はやく元気になりたい。